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義務教育の全年齢化「一億総ゆとり制」

 

学生の頃、義務教育の全年齢化を考えたことがある。

あるいは部活のように趣味や地域コミュニティへの複数参加の義務化などである。

 

生きてきた人生と無関係の学問を深く学ぶことや、世界の最新動向、あるいは芸術や余暇の楽しみ方、伝統的な祭礼・技能、他職種についてなどを学んだり体験することは、「現代においてはこれを半ば強制的に人生に組み込むことでの社会的利益は大きい」のではないかということだ。

 

というのも個人的には、市民の哲学と芸術への親しみの深化が社会的豊かさへ寄与すると考えていたからだ。そしてこれからは「中高年への教育」が重要かつ必要になると思っていた。

 

すでにこれら活動は自由に行えるが、それに対する知識不足、動機不足や長時間労働による時間不足など、もっと活発になる余地は多分にあるだろう(実際、余暇市場はずっと縮小してきた)。

 

義務教育全年齢化のポイントは2つである。

・これら学ぶ機会に対する全年齢的参加の強制。

・労働よりもこれら学ぶ機会が優先されることを法的に明記

 

一応メリットはたくさんある。

1. 個人を取り巻くコミュニティの確保

2. (1によって)婚姻率上昇による子供の数増加

3. 多様なカリキュラムによる、マインド柔軟化・多様性への理解促進

4. (1と3によって)市民の余暇享受能力の向上

5. (以上の複合効果によって)労働環境の改善

6. (4と5によって)心身の健康状態向上による社会保障費削減

7. (以上の複合効果によって)個々人の生活の奥ゆかしさの向上

 

名前は「一億総ゆとり制」とでもなんでもつければよい。

 

この考えを最初に考えてからだいぶ時間は流れたが、思い出したのは「また学校に通いたい」という社会人の声をいくつか聞いたからである(不純な動機で) 

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